ダンス物語⑰ 今夜はどこに泊まろう?東京での修業が始まる!

ダンスホールを後にした私は

今夜 泊まるところを探しました

これから自分自身の勉強代が

かかるので「経費を下げなければ!」

と思い新宿区役所近くの

カプセルホテルにしました

中に入ると、二段になった

カプセルの部屋が両サイドに

並んでいました

私は上の部屋になりました

とりあえずシャワーを浴びて

みなさんが集うフロアに行きますと

一人のおじさんが、私を見るなり

ニッコリされ「どちらから?」と

聞かれました

私は「神戸から来ました」と言うと、

「そうか、僕は、ここに住んでいるんだ

昔は、役者をしていてね

今は仕事も来なくなり、ここが

終の棲家になっているんだ」と

1時間ぐらい、このようなことを

語られました

「私も以前、朝日系列のテレビドラマに

出演したことがあります」と

言いますと

「あなたは俳優ですか?」と

聞かれましたので

「違います

私は、プロのダンス教師です」と

言いました

すると、おじさんは私のことに

とても興味を持ってくださり

更に、1時間ほどお話をしました

最後の方になると,おじさんの

自慢話のオンパレードが始まり

私も少し疲れてきましたので

「そろそろ就寝してもよろしいでしょうか?」と

おじさんに言いますと

「おー!悪かった!悪かった!」と

言われましたので

「では、おやすみなさい」と

ご挨拶をしますと

おじさんは「おやすみなさい

ゆっくり休んでください

この続きはまた明日ね」と

言われました

私は「まいったな!」と思い

明日は、自分自身のレッスンが

あるので、すぐ寝ることにしました

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ラテンレッスン(サンバ上級)

ライト・シャドー・ポジション

リズム・バウンス・オン・レフト・フット

ライト・フット・サンバ・ウォーク

クルザード・ウォーク・アンド・ロック

クルザード・ウォーク

フット・チェンジ

ウイスク・ツー・ライト・アンド・レフト(2回)

プロムナード・アンド・カウンター・プロムナード・ラン

スリー・ステップ・ターン

サンバ・ロック(1~9)

シャドー・ボタ・フォゴ(4~6)(1~6)(1~3)

クリス・クロス・ボルタ(1~7)

メイポール

トラベリング・ボルタ・ツー・レフト

レフト・フット・ステーショナリー・サンバ・ウォーク

サンバ・ウォーク・イン・プロムナード・ポジション

ローリング・オフ・ジ・アーム

リバース・ロール

バック・ロック

プラット(2回)

リバース・ターン(4~6)

ウイスク・ツー・レフト

ウイスク・ツー・ライト

(女性左へソロ・スポット・ボルタ)

ソロ・スポット・ボルタ(2回)

コルタ・ジャカ

ナチュラル・ロール(1~6)

プロムナード・アンド・カウンター・プロムナード・ラン

以上

ダンス物語⑯新たな旅立ち!東京のダンスホールでスカウトされる!

私は、神戸の街のインフラが整うまで

いろんな仕事をしました

今までは、香水が漂う教室の中で

ドレスアップした女性相手にダンスをしていたのが

荒々しい言葉が交錯する男たちの中で

汗をかきながら仕事をしているのです

神戸も少しずつ復興していき

町も正常化していきました

私も精神的な苦しみが癒されたので

ダンスをすることを考えるようになりました

しかし、時がたちすぎたため大阪の生徒さんたちとは

疎遠になってしまい、教室に戻る理由がなくなってしまいました

「仕方がない!」「ああ、無常!」

何日か呆然としていました

そして新たな旅立ちを決断しました

それは、東京でダンスを踊ることです

いくつかのダンス教室をピックアップして

新宿行きの夜行バスに乗って東京に行きました

朝6時頃ついたので喫茶店でモーニングを頼み

お昼過ぎまであちらこちらと歩いて回りました

そしてお目当ての教室に行きましたが

お休みでした <ショック>

その時、思い浮かんだのが新宿にダンスホールがあるので

どんな雰囲気か見に行ってみようと思い

夜7時頃、踊りに行きました

受付に黒服の方が立っていて

そこでお支払いをして中に入りました

大勢の方が踊っていました

ソファーに座ってしばらく眺めていました

「やはり東京、レベルが高いなー」と

私は思いました

踊り方が洗練されています

そうしていると向こうから

ローマの休日の王女様のような

女性の方が近づいてこられて

「踊ってくださらない」とおっしゃられました

「はい」と返事をしてワルツを踊りました

とてもいい香水の香りがしました

ドレスも宝石もかなり高価なものをつけられていて

「この方は、ただものじゃないな!」と思いました

私のリードに従順についてこられて

とても感じのいい踊り方をされる方だなと思いました

踊り終わって、私は、「お上手ですね」と言いました

すると彼女は、「あなたこそ」と言ってくれました

そして「入ってこられた時からずっと見てました」

「あなた様はプロでしょ!わかっているんだから」と言われ

私は、「参りました」と答えました

そうして、彼女のお友達とか他の奥様とか

いろんな方とご縁ができてしまって

雇われダンサーのようになっていました

これはまずいぞ!そろそろ帰らねば!と思い

一区切りがついたところで

「今夜は楽しかったです。そろそろお暇します」と言いますと

「あら、もう少しよろしいじゃないですか」

「この後、お寿司屋さんに行きましょ」

「ねえ、先生」とおっしゃられました

私は、いつの間にか先生になっているぞと思い

東京に来た目的があるので今夜は退散しました

帰る時、支配人らしき方が

「どちらの先生ですか?」と言われ

「神戸から来ました」と言いました

すると突然「うちに来てもらえませんか?」と

言われて、わたしは「ちょっと今は?」と

曖昧な返事をしました

「いつでもご連絡ください」と名刺を渡され

「わかりました」と答えてダンスホールを後にしました

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ダンス物語⑮1日も早く復帰したいが、精神的に踊れなくなる!神戸の復興がまず第一!

私の住宅は、半壊状態になり

避難所で生活することになりました

毎日、冷たい弁当ばかりを食べていて

「あったかいものが食べたいなー」と

思っていました

何週間か経ち 避難所で昼寝をしていると

何回も何回も私を呼ぶ声が聞こえるではないですか

ふと見ると、私の生徒のYさんです

「先生、大変でしたね!」

「これ、必要なものが入っています」と

大きな段ボール箱を渡してくれました

その後も10人ぐらい生徒さんが来てくれました

美人先生2人も来てくれました

その頃大阪と神戸は、道路と鉄道が寸断されていて

大阪から新神戸経由で皆さん来てくれたみたいです

私は、「周りの人に恵まれているなー」

「ここまでこれたのは、みなさんのおかげ」

「早く復帰しなければ」と思いました

何日か経ち、ダンスのことばかり考えていましたが

「早く復帰しなければ!」と思うと

地震発生から今までの出来事が走馬灯のように蘇り

精神的に踊れない状態になっていました

もしかして私は、ダンスより神戸復興を考えているのでは

何日間か自問しました

その結果、心の中で「離れてはいけない!」

「少しでも復興のために何かしなければ!」

と思い、意を決して川崎重工の兵庫工場で

電車を作る仕事に就きました

心の中では「生徒のみなさん、すぐに復帰できなくて、すみません!」と

思っていました

その後、何年間、転職を繰り返し

復興にかかわる仕事をしていました

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ダンス物語⑭突然思いがけない天災に!1995年に起きた阪神淡路大震災で被災する!

私は、多くの生徒さんを育て

発表会に出演させていました

<基本をしっかり教え込めば、後は

ほっといても上達していきます>

そのような論理に、かなり自信がありました

そんな中、1995年1月16日の夜

ペットのインコが、かごの中でバタバタと

音を立て、なかなか眠らないのです

「どうしたんだろう?」と思いつつ

私は、寝てしまいました

部屋の中は去年のクリスマスパーティーで

頂いたお花でいっぱいです

何時間か経つと、その時です

ゴーーーーーーー

キキキキキキーーー

凄い横揺れでベットは右左と動いています

怖くなって布団をかぶりました

部屋の中の物が落ちたり跳ねたりして

大きな音を立てています

私の布団にもぶつかってきます

最後に大きな縦揺れで体は宙に浮き

ドーンと落下しました

暫くすると揺れが,しずまりました

私は放心状態です

少し気持ちが落ち着いてきてから

恐る恐る窓から外を見ると、土煙が上がり

ポートライナーの橋が崩壊し

斜め向かいのビルが倒れて、道路をふさいでいました

「これは大変だ!」と動揺しました

そうしていると、あちらこちらから

「助けてー」「助けてくれー」と声がしてきました

私は、本能的に「助けなければ!」と思い

無茶苦茶になった部屋を飛び出しました

外は空爆を受けたような状態です

また、「助けてくれー」と声が

見ると1階がペチャンコになっている窓から

おじいさんが手を出していました

私は無我夢中で走っていき引っ張り出しました

おじいさんは、私の手を握り

「ありがとう ありがとう」と言ってくれました

「他にも誰かを助けなければ!」と思い

近辺を走り回りました

‐‐‐—–-次回続くーーーーーー

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ダンス物語⑬私は電話を持っていない!時には電報が!そんな時、思いがけないプレゼントが!

今は、どなたでもスマートホンなどの

携帯電話をお持ちですね。

当時、連絡する手段はお家の固定電話か

公衆電話,ポケベルなどでした。

携帯電話を持っている人は、特殊な仕事をしている人

工事現場で仕事をしている人などでした。

一般的には、普及されてませんでした。

今の若い方には信じられない世界です。

そんな中、私は固定電話も持っていませんでした。

それなので、ついついうっかりすると

知人や生徒さんから電報が届くのです。

「**です。至急ご連絡下さい!」と。

一瞬、「ドキッと」としますね。

急いで公衆電話から電話をします。

お相手からは、「もういい加減電話つけてよ!」

と言われます。

「つけてよ!」とは、家に設置することです。

今思えば、人と連絡がなかなか取れないことに、

情緒を感じていたのかも。

そしてある時、

Mさんが、「先生、プレゼント!」と

セイデンシャの大きな袋を渡してくださいました。

「何ですか?」と、お聞きしますと

「開けてみて!」と。

すると中には、電話機と

NTTの加入権が入っていました。

私は、思わず感極まって、

「本当にありがとうございます。」

Mさんは「いえいえ、どういたしまして!

先生これで逃げられませんよ!」と。

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社交ダンス物語⑫生徒の皆さんとデモンストレーション!どこで踊っても通用するダンスにしたい!

時がたち、私の生徒さんも

それぞれ上手になっていきました。

そんなあるとき、「先生、デモしたい」

「先生と一緒にダンスを発表したい」と、

真剣な表情でおっしゃられました。

私は、この時を待ってました。

「Tさん、頑張ってみますか?」と言うと、

「先生、お願いします」と、

うれしそうな顔をされました。

それから、週二回、半年をかけて

Tさんのダンスを仕上げていきました。

足からヘッドに向けてのライン。

ヘッドチェンジの時間のかけ方。

リズム感など、どこで踊っても通用する

ダンスにしてあげようと思い、その気持ちが

Tさんに伝わったように思います。

一生懸命レッスンについてきてくれました。

そして半年後、Tさんは、私とワルツで出演しました。

余計なことをせず、教えたとおりに

踊ってくださいました。

拍手喝采で、Tさんには多くの方々が

「とても綺麗だった」と言っていただきました。

私は、Tさんに「よく頑張りましたね。

習ったことを確実に表現できた。その成果ですよ」

と言うと、少し涙を浮かべられて

「先生、踊っているとき、とても気持ちよかった。

ありがとうございました。」と、お礼を言われました。

私も、少し満足をして控室に向かおうとすると、

後ろから「先生、待って~~~」と声が聞こえました。

私の生徒3人が近づいてこられて、

3人口をそろえて、『私たち次回、出演させてください」

とおっしゃられました。

私は、「これは大変だ!」と思いつつ、

「この3人を、どう育てようか!」と、

考えていました。

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社交ダンスを極めるためには<凡事徹底>です!

<凡事徹底>

私の座右の銘は、<凡事徹底>です。

凡事徹底とは、

何でもないような当たり前のことを、

または、人が当たり前と思ってしないことを、

しっかりと行うことで、その積み重ねが、

大きな違いを生み出すということ。

他人が追随できないほど、徹底的に行うことです。

ダンスを習い始めたころは、ブルースを踊ります。

リズムもゆっくりでステップもシンプル。

とても習いやすいのです。

このブルースが、とても大切なのです。

ある程度踊れるようになると、

スロー・フォックストロットを習います。

上級者のダンスというイメージがあると思います。

パーティーでは、上手く踊って人に魅せたいですね。

しかし、スローをキチンと踊っている方は、

とても少ないのです。

SQQSが基本リズムですが、

その時の、ライズの高さ、長さなど

ワルツと同じになってしまったり、

SL、CBMPがされていなかったり、

リズムが、許容範囲を超えて外れるなど、

基本的なことの習得がされないまま、

ステップだけが踏まれている状態です。

このようなことを改善するためには、

今の状態から離脱してダンスの基本に戻ることが大切です。

ボディをスクウェアにしてSとQのリズムを踏む。

足は、ヒールからトウになる。

この時に足裏から前に推進力が生まれます。

ボディを使えばライズも生まれます。

頭よりも身体が理解することが大切です。

そのためには、ブルースの反復練習が効果的です。

ライズを加えれば、リズムダンスにもなります。

男性は、女性のステップの移行を確認できます。

女性は、男性のリードを受ける練習になります。

ブルースをキチンと踊っている方も少ないのです。

「初心者のダンスだから、私は、卒業!」と、

思いがちですが、上達には欠かせないメソッドが、

かなり含まれています。

人があまり注目をしていないことを、

徹底的にすれば、人が追随できなく、

ご自身が、そのことのスペシャリストになれます。

まさに、凡事徹底です。

 

 

 

 

 

 

 

 

社交ダンス物語⑪プロ競技ダンスの厳しさ!

私は、ある教室の先生とご縁があり、

プロの競技会を目指すことになりました。

昔、ダンスホール・ワールドで、

競技選手が真剣に練習していたことを、

思い出しました。

競技ダンスは、基礎的なことはもちろん、

芸術的センスも大切です。

カップルバランス、フィーリングなども。

このような要素を総合的にレベルを上げていくためには、

練習を重ねることが大事です。

お昼のレッスンが終わると、夜は、競技会の練習をしていきました。

2人で、まず基礎的な動きを反復練習します。

次に、全体的な流れをつかみ、

踊りを立体的に(3D)していきます。

この時、身体には、かなりの負荷がかかるので、

バランスが崩れやすくなります。

日頃からの、ウォークの練習が、大切になってきます。

よく生徒さんから、「先生、ダンスの上達には、

筋トレをしないとだめですか?」と、質問を受けるのですが、

過度な筋トレをすると、体が重くなり、固くなって、

踊りの機微な強弱がつけにくくなります。

身体全体を使って踊ることにより、

必要な動きには、必要な筋肉がつきます。

私が、日ごろから気を付けていることです。

そして、毎日練習を重ね、半年がたちました。

いよいよ新人戦です。

会場は、大阪、ダンスホール・ワールドです。

会場の二階を見上げると、私のファンの方、

生徒の皆さんの姿が見えました。

「先生!頑張って!」と聞こえてきました。

「来てくれたんだ!勝たなければ!」と、

私は思いました。

1回戦が始まりました。ワルツです。

最初は、意外とスムーズに踊れました。

床が少し滑るのが気になったので、

昔、ワールドに踊りに来た時、

「奥の角、中央、入り口手前が、滑った!」と、

思い浮かべました。

うまく踊れました。

そして、2回戦、3回戦、準決勝と進み、

決勝まで残ることができました。

決勝は、6組です。

私は、本気で「優勝するぞ!」と、

心の中で思いました。

1組ずつ紹介されてから、踊り始めです。

無意識に、踊りながらほかの選手を意識してました。

「さすが、上手いな!」と、

私も負けまいと踊りました。

曲が止まり、終了です。

「終わった!頑張った!」

暫くして、結果発表になりました。

私たちの組は、5位でした。

うれしさ半分、悔しさ半分で、

「やはり甘くないな!」と、思ったのです。

そして、この日をスタートにして、

プロの競技会で入賞を重ね、

上位クラスを目指していきました。

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社交ダンス物語⑩夜の仕事と昼の仕事が綱引き!どちらも大切!さあ、どうしよう!

夜の仕事も慣れてきて、独自のメニューも、

作れるようになりました。

みなさんには、内緒にしていたのですが、

私は、お菓子屋の四代目なのです。

経験は浅いのですが、お店では、

いろいろと自由にさせていただき、

かぼちゃのプリン、抹茶のムース、フルーツケーキ、

アップルパイなど10種類ぐらいのお菓子を作り、

クリスマスには、イチゴのショートケーキを、

メニューに入れました。

お客様には、とても喜んでいただきました。

ビュッフェスタイルなので数分でなくなりました。

チーフは、私に、「今日は作るのをやめとけ!」

「奴らは(お客様)は、いくらでも食べるぞ!」

と、言いました。

私は、「わかりました!」と、素直に返事をしましたが、

心の中は、とてもうれしかったのです。

ホールの女の子も、お客さんが少なくなってきたら、

キッチンに入ってきます。そして、

私の横に来て、しばらく立っています。

私は、「どうしたの!」と、言うと

ニッコリとして、「うん!」と、言うのです。

私は、少し、じらして「そうなんだ!

これが目的なんだ!」と、言うと

「そう!」と、言うのです。

私は、「チーフには、内緒だよ!」と、

<兄貴の>お菓子をいくつかあげると、

喜んでホールに戻っていきました。

業界用語で、兄貴と弟があります。

そして、「あっ!」という間に時間となり、

着替えて、阪急電車に走りました。

こんな感じで夜の仕事を続けているうちに、

お昼のダンス教師の仕事も、

予約でいっぱいになりました。

オーナー先生からは、「あなた!夜の仕事は、

もう、いい加減にやめなさいよ!」

「夕方からのグループレッスンを手伝ってよ!」

と、おっしゃられました。

私の本業は、ダンス教師なのですが、

ライブハウスの仕事も楽しいので、

しばらく続けることにしました。

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