ダンス物語㉖ 悲しい出来事 追憶1

ある日の出来事

「見学、いいですか?」と

60代くらいの女性の方が

教室に来られました

「どうぞ、そちらのソファへ」と

言ってレッスンを再開しました

何気なくその方のお顔を見ますと

「誰かに似ているな?誰だろう?」

「以前お会いしているな?」と

考えながらレッスンしていると

生徒さんの一人が

「先生!また彼女のことを考えてる」と

ひやかします

私は、少し顔を赤らめると

「赤くなった、赤くなった」と

みんな喜びます

皆さんの楽しみの一つみたいです

レッスンも終わり、見学の方に

「どうでしたか?」とお声を掛けました

すると、にこりと笑顔を浮かべられ

「楽しそうでいいですね」

「私も習ってみたいです」と

おっしゃってくださいました

しばらく、いろいろと説明した後

その方はお帰りになりました

その瞬間「10年ほど前に教えさせていただいた

Nさんに似ている」と感じました

昔の話になりますが

大阪で活動してた頃

木曜日 梅田の教室でNさんに

社交ダンスを教えていました

教室に来られた時は

いつも明るい笑顔を見せてくださり

私も幸せな気分になっていました

そして、半年くらいたったある日

「先生にお伝えしたいことがあるんです」

と言われ、私は{ドキッと}しました

「何だろう?」と

心の中で思いました

すると、Nさんは静かな口調で

「先生、私 あとわずかな命なんです!」と

おっしゃられ、ご自身の病気のことを

詳しく語ってくれました

そして、Nさんは 穏やかな表情で

「こんな私でもいいですか?」

「来てもいいですか?」と

お尋ねになられました

私は、とても悲しい気持ちになりました

しばらく涙をこらえた後

「Nさん、無理せずゆっくり

レッスンしていきましょう」と

言いますと、うれしそうなお顔をされて

「先生、ありがとう!

私、頑張ります」と言われて

お帰りになられました

その後、Nさんは毎週通ってくださり

冗談を言いながら楽しいレッスンをしました

いつも「楽しい、楽しい」と

言ってくれました

私は「このまま病気が治ればいいのにな」と

思いました

そして3か月くらいたったある日

「先生、Nの息子です

母が亡くなりました

今までありがとうございました

母も喜んでいると思います」と

お電話がありました

自然に涙がボロボロ落ちてきました

今思えば、最後のレッスンの時

観音様のような穏やかで優しい

お顔をされてたように思われます

お別れはつらいものですね

その後、木曜日 教室に

一人でいると入口の木の扉が

少し空いていることが何回かありました

「Nさんが来られたんだ」と

思いました

私の勝手な考えです

怖がらないでくださいね

レッスン予定日 10月 11月 12月  1月

只今、レッスン可能な日程です

日程

2025年

10月 4日(土) 13:45~16:30

10月 18日(土) 13:45~16:30

10月 25日(土) 13:45~16:30

11月 15日(土) 13:45~16:30

11月 22日(土) 13:45~16:30

11月 29日(土) 13:45~16:30

12月 13日(土) 13:45~16:30

12月 20日(土) 13:45~16:30

2026年

1月 17日(土) 13:45~16:30

1月 24日(土) 13:45~16:30

 

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<お問い合わせ>

*レッスンが可能なお時間、料金

レッスンが可能なスタジオの場所

ご希望のレッスンのご相談など

お気軽に、お問い合わせフォームから

ダンススタジオユウ 磯田まで

お問い合わせください

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内容 <社交ダンスレッスン>

社交ダンスを習ってみたい方

大歓迎です

単に動画とかで真似てみても

基本が身につかず

上達できません

一つのステップを踏むとき

体軸と脚部を正しく動かすことで

踊りの質が向上します

まずは、相手から好感を持たれる

ダンスにしていきたいです

また、ダンス歴は十分あるけれども

長年の癖がついてしっくり踊れない!

そのような方は悪い癖を取り除いて

全体のバランスを整えていき

美しく踊れるようにご指導します

<ウォーキングレッスン>

歩くことは、日常とても重要なことで

脚部を故障すると生活に影響を及ぼします

歩くための立ち方、関節の動かし方など

日ごろから注意して歩くようにすれば

故障リスクはかなり低くなります

歩き方には個性がありますが

その方、特有の悪い動きを改善していき

美しく無理のない歩き方にしていきます

ダンス物語㉕ ダンススタジオユウ 1周年記念クリスマスパーティーを開催する

教室をオープンしてから、いろんな方が興味を持って見学に来てくださりました。ダンス歴のある方から習うのは初めての方まで・・・何か社交ダンスには不思議な力があるように思えます。いくつかの教室を渡り歩きレッスンされていた方は、居心地のいい教室、センスが良くて相性のいい先生を探されていたり、習うのは初めての方は、いろいろな動機があると思いますが、 Shall we  ダンス?で役所広司さんが演じる何不自由なく平凡な生活をしている会社の課長さんのように 毎日毎日、朝から夕方までパソコンの前で同じ作業を行っている女性の方などが、非現実的な世界を求めて引き寄せられるように訪ねてこられます。特にそのような方には、ダンスを習って踊ることで生きがいを感じてほしいと思います。そして、1ヶ月、3か月、6か月と経つうちに会員さんが増えていきました。グループレッスン、プライベートレッスンなどをしながら、「そろそろ1周年のパーティーに出演される方を決めなければ」と思いました。しかし、会員の皆様のお顔を思い浮かべても残り半年で養成できそうな方はおられません。「困ったな!」と思い何日間か経つと賛助出演していただける方が3人声を上げてくださいました。東京の生徒さん、京都の生徒さん、大阪の生徒さんです。感謝感激です。早速、音楽とステップを構成してお三方それぞれに合ったものを仕上げました。短い期間ではありましたが、新幹線や阪急電車で教室まで通ってくださいました。そして、一周年記念クリスマスパーティの当日になりました。会場にはドレスアップをされた生徒さんたちが次々とお越しになられました。私は、ダンススタジオユウの代表として感謝を込めてご挨拶をさせていただきました。ダンスタイム~デモストレーション~ダンスタイムと進行していきました。賛助出演していただいた方々は、大変上手に踊っていただきましたので私は「ありがとうございました。良かったよ。」といいますと「次回も踊ります!」と言っていただきました。そしてパーティも無事終了しました。神戸そごう(当時)で用意しておいたおみやげを皆様にお一人ずつお渡ししてお見送りをしました。最後のおひとりのお姿が見えなくなりますと会場に戻りソファーにあおむけになりました。終わった・・・・・

社交ダンス生徒募集中

こんにちは

ダンススタジオユウの磯田です

今現在、お知らせのほうで

お示ししています日程で

社交ダンスのレッスンをしています

三宮の教室で習われていた方、

スポーツクラブで習っていただいた方、

習うのは初めての方など

空き時間がございますので

興味がございましたら

お問い合わせフォームから

お気軽にお問い合わせください

ダンス物語㉔ 私となっちゃんとの出会い!そして一緒に歩む!

私は、大阪の街を一人ぶらぶらと歩いていました。桜の季節も終わりかけたころです。お初天神通りの中ほどを歩いていると、「ワンワン、キャンキャン」と鳴き声が聞こえてきました。ふと横を見ると大きなペットショップでした。なんだか吸い込まれるように中に入るとワンちゃん、ネコちゃんがたくさんいました。ピンク色のオウムもいました。名前はモモちゃんだそうです。近づくと「おはようございます」と言ってくれます。「夕方なのに、おはようございます。とは変だな。夜のお姉さま方が教えたのかな?」と思ったりしたのですが、オウムは言葉を覚えたら朝も昼も夜も「おはようございます」だなと思い,私はオウムに「こんにちは」と言うと「キキキキキキ」と笑われました。私は何をやっているんでしょうね((´∀`))。そして、店内のワンちゃん、ネコちゃんを一通り見ていくと、ちっちゃな柴犬の子犬が目につきました。子供が一人遊びをしているような感じで、ときどき私の方を意識しながら転がったり走ったりしてました。「こいつは、なかなかプレゼンテーションが上手いな」と思いしばらく観察をしてました。「顔は可愛いな。お尻が上がっていてスタイルがいいな。女の子なんだ。」と思いながら見つめていると、スタッフの方が近づいてこられて「抱っこしてみます」と言ってくれました。私は両手で受け取り、顔の近くまで持ち上げました。体はとても小さく手のひらに乗っかるサイズです。私の顔をじっと見ているので顔を近づけると鼻の頭をぺろりと舐めてくれました。この瞬間、心を奪われてしまいました。「こんな狭くて環境の悪いところに、いさせてはだめだ!救助しなければ!」となんだかんだと理由をつけて、とうとう契約することになりました。スタッフの方は商売上手で、これから必要なものなど、いろいろ説明してくれました。私はバカだから「すべてお願いします」と言って、たくさんの必要品をいっぺんに買ってしまいました。私は娘ができたような気持になり、有頂天でした。そしてお会計になり「ありがとうございます。合計金額は25万円になります。カードか現金かどちらにされます?」と言われました。私は「現金で」といい「近くの大和銀行に行ってきてもいいですか?」と言いました。スタッフの方は「いいですよ。その間にワンチャンにお化粧をして帰り支度をしときます」と言われました。急いで銀行に行きました。そして戻ってきてお支払いを済ませました。すると女性スタッフの方が可愛い箱を持ってきました。「どうぞ見てください」と言われ見ると首に赤いリボンをしたその子が顔を出しました。体もシャンプーをしていてきれいになり、いい香りがしました。私は感動して嬉しくなりました。「幸せにしてもらうんやで」と言われました。そして、ペットショップを後にしました。

私は、ダンススタジオユウのスタッフです!なっちゃんと呼んでください!

私は、ダンススタジオユウの

スタッフです

名前は なつです

血統証明書での名前は

綾姫号です

豆柴の女の子です

なっちゃんと呼んでください

三宮で教室をしていた時は

看板犬として従事してましたが

今は、自宅で番犬をしてます

皆様とはお会いできないですが

ブログには時々登場しますので

よろしくお願いします

健康で美しくあることは人生最高の幸せです!老後寝たきりにならないためには?

ダンス物語㉓ 2004年ダンススタジオユウ誕生

契約をした私は、鍵を受け取りすぐにテナントへ行きました。部屋の中を見渡してダンス教室のレイアウトを考えました。「おしゃれな教室にするんだ!」と気持ちが高ぶりました。いろんな業者やお店を調べて特に重要な床・鏡・クロスは芦屋の業者に看板は元町の業者にソファー・カーテン・シューズボックスは東急ハンズにオーディオ・モニターは星電社にしました。ダンス教室が仕上がるまで一週間くらいかかりました。そして遂に完成。素敵な教室になりました。私はソファーに寝ころび、しばらくの間、満足感に浸っていました。「後は生徒さんに来ていただくだけだな」と思いました。私は、ダンス教室をオープンするまで一人だったのでいろんなことに走り回っていました。そんな中、ご連絡させていただいた生徒さんの中のSさんが「先生、私でよければお昼から夕方までお手伝いしましょうか?」と言ってくださりました。私は、思わず「助かります!」と言いますと「明日から参ります」とおっしゃいました。そういうことでSさんに手伝ってもらいながらオープンに向けて準備をしていきました。集客は、何人かの生徒さんへのご連絡とチラシの配布だけでした。確定的のものはなく、ほとんどゼロからのスタートでした。そしてオープンの日になりました。私は、黒のスーツにドットのネクタイ、白のポケットチーフを付けてばっちり決めました。気合は入っているのですが心の中は弱気で「誰か来てくれるのかな?」と思っていました。午後1時にオープンして4時になりました。誰も来ません。「あーあー甘くないな」と思いました。「少し息抜きをしなければ」と思いコーヒーを入れかけた時「コンコンコン」とノックがありました。急いで扉を開けると大阪の生徒であったNさんが,お祝いを持ってきてくれました。「先生、おめでとうございます。来れるとき、習いに来ます」と言っていただきました。Nさんとしばらくお話をしていると、またノックがありました。同様にMさんでした。お祝いを持ってきてくださり、とても喜んでくれました。私は、とてもうれしく思いました。そして、初日は、私とSさんNさんMさんの4人で無事に一日が終わりました。その後、お問い合わせがあったり、見学される方が来られたりして少しずつ入会してくださる方が増えていきました。

教室の名称はダンススタジオユウです

2004年ダンススタジオユウが誕生しました

ダンス物語㉒ 夢と現実の狭間!そしてダンス教室オープンへ!

私はその夜、ダンス教室をオープンするか、それとも会社勤めをしながら教えていくか、じっくり考えました。教室をオープンするのは私の夢で、純粋にダンスの上達を目指せたり、社交ダンスを習ってみたいが一歩踏み出すことのできない方の後押しができます。それとダンスの研究が十分できることです。このようなことを考えているとダンス教室での一日のスケジュールが思い描かれてきました。「午後1時から2時までグループレッスン=2時から5時までは個人レッスン=5時から6時は休憩時間=6時から7時半は個人レッスン=7時半から8時半はグループレッスン=9時からはプロの練習」と想像しました。とてもワクワクしてきました。「ダンス教室をするんだ!」と心の叫びが聞こえてきました。そして、その方向に心を奪われかけたその時「待てよ!やっていけるのかな?」と頭をよぎりました。収入は生徒さんからのレッスン料です。支出は家賃、光熱費、通信費、広告料などです。天秤ばかりにかけると支出より収入の方が重く(大きく)なければなりません。「ダンス教室をオープンして果たして収入を支えてくださる生徒さんが来られるのかな?」と不安になりました。今現在は上場企業の社員という立場です。安定した収入が入ってきます。会社勤めをしながら教えていく方がとてもリスクが少なく安心感があります。「会社員という立場を失って明日どうなるかわからない事業をしてもいいのだろうか?」と思いました。このようなことを思うには理由があります。それは、来ていただける生徒さんの見込みはほとんどゼロに等しかったからです。このように考えるとさらに不安になってきました。物件へのひとめぼれで、ほとんど事業への計画性がなかったからです。「困ったな~今回はあきらめた方がいいのかな?」「ある程度生徒さんを集め、きちんと計画を練ってからの方がいいのかな?」と迷いました。ベッドに横になり天井を見ているとわずかな時間でしたが夢を見ました。それは、オープンした教室で楽しく生徒さんと踊っている光景です。それはとても楽しい夢でした。目が覚めてもしばらく余韻が残っていました。夜中の3時になっていました。私は、いろいろ考えた末、決断しました。「自分の内なる声を信じよう!直感を信じよう!」「教室をオープンしよう!やらなければならないんだ!」と心に決め就寝しました。朝になりました。気持ちは変わりませんでした。会社に行き退職届を受理していただきました。仕事をしていてもテナントの契約のことばかり考えていて終わると管理会社に走りました。そしてテナントの契約を終わると、これまでになかった気持ちになりました。「ちょうど、かごの鳥が解き放たれ大空に飛び立つような」 2004年

ダンス物語㉑ ダンス教室をオープンできるか?一国一城の主になりたい!

私は、テナント募集の物件が気になって

次の日の仕事中も考えていました

「この気持ちはどうにも止まらない!」と思い

お昼休みに物件の管理会社に電話をしました

すると、今日内覧できるということなので

仕事を終えると三宮へ走りました

担当の方に案内してもらい室内に入ると

スッキリした長方形のワンフロアで

ミニキッチン、トイレ、収納部屋がありました

床はクッションタイルでした

踊れる距離があるかスロー・フォックストロットの

フェザーステップからホバークロスまで踊ってみました

「なんとか行けそう」

「一人で教えるのだから十分だ」と思いました

床を張り、クロスを変えて鏡を付ければ

立派なダンス教室になリます

「生徒さんも気楽に習えるし

私も一国一城の主になれる」と夢が膨らみました

心の中から「夢を現実にするんだ」と

声が聞こえてきました

私は、夢と現実のはざまの中で硬直状態でした

しばらく、「ボー」としていると

担当の方が「どうされますか?」と言われました

「ハッ!」と我に返りました

「どうされますか?と言われても困ったな」

「このまま何もせずに帰ったらこの夢は

一生実現できないかもしれないな」と

最後には「これは運命的なものなんだ!」と直感に頼り

担当者の方に「お返事は1日待ってもらえませんか?」と

お願いすると「いいですよ」と言っていただいたので

安心してその場を後にして家路に向かいました

そうして家に向かっているのに足取りは重く

後ろ髪をひかれる思いがしてきました

私は、とうとう物件の前まで戻って来てしまいました

1階は立体駐車場の入り口です

「騒音の心配はないな・・・」

「2階を見上げれば踊ってる姿が見えるな・・・」

「おしゃれな看板を付ければいい感じだな・・・」と

しばらく、考え込んでいました

そして思わず「決めた!決めた!決めた!」とつぶやき

早歩きで家路に向かいました